SPECIAL
特集⑰
人里を流れる川での
ニホンウナギの調査。
カスタマイズしたツールを
総動員して
(後編)
和歌山県某所、そこは街でこそありませんが、大自然でもない人里です。民家があり、畑があり、少し行くとコンビニもあるところ。海に近いその地を流れる、一見特筆すべきものは見当たらない小さな川。そんな、人の暮らしの風景に溶け込んだ川に、ニホンウナギはいました。絶滅危惧種とされ、高級食材とされて久しいウナギの姿をこれほど見れば、多くの人は驚くでしょうが、もしかするとあなたの身近にも、ニホンウナギがいるかもしれません。今回の調査は、向こう10年から15年という長期で行われる研究の一環で、いまはその序盤です。これまで、タグを装着したウナギの行き来を、複数箇所に設置した電波受信機で24時間モニタリング。加えてカメラでも、同じく24時間撮影して映像データを取得してきました。この度主に取材したのは、それとは別に3ヶ月に1度行う、人海戦術で臨む調査です。2月下旬、「春の小川」というにはまだ冷たく、ウナギも川底の石や泥の下にじっとしている時期。「起こしてごめんね」と言いながら捕まえて…。京都大学フィールド科学教育研究センターの三田村啓理教授と久米学特定助教、近畿大学農学部水産学科の渡邊俊准教授、それぞれの大学の学生4人、田中三次郎商店の田中智一朗社長の計8人の奮闘です。
後編
「フィールドは、
教育の場でもある」
(前編はこちら)
ときに過酷な作業も、
「楽しもう」という
意志を感じる
前半でレポートした、電気ショッカーを用いて行うウナギの採集に始まる調査では、ウナギを捕まえた場所に小さなビニール製の旗を立てて、どの個体がどこにいたかの目印にすることをお伝えしました。2日目、ショッカーチーム(強そうなような弱そうなような)が引き続き上流に向かって同じ作業を進めるのと並行して、学生を中心にしたチーム4人が環境測定を開始。目印の黄色い旗がある場所の位置をGPSで確認し、川の流れの速さや水深、川幅、それに川底の状態(泥なのか石なのか等々)、護岸の有無などを一つひとつ記録していきます。それが「環境測定」。項目が多いため、さくさく進行とはいかず、ましてやまだまだ寒いこの季節、忍耐も必要です。このチームには渡邊先生が付き添います。渡邊先生はウナギの研究歴25年の、ウナギにかけては日本を代表する研究者のひとりとして、よく知られる方です。根気のいる作業の合間も3人の学生たちを気遣い、やさしく励ましながら、ご自身も一員として長時間骨を折る姿に、尊敬の念を禁じえません。
そうなのです。このような調査に同行すると毎回感心するやら、ときに呆然とするやらですが、フィールドは泥臭い作業の連続です。寒いとか、暑いとか、びしょ濡れとかもあるし、とにかく地道な作業の繰り返しが多く、一日を終えるころにはすっかり消耗しています。成果に辿り着くまでは、さらにさらに遠い道のりなのですから、これは相応のモチベーションがないと無理ですよね。「研究者」も当然いろいろですが、一般には、どうも研究室で顕微鏡を覗いているイメージが先行しているように思います。生き物を対象にした研究の、フィールド調査の体力勝負には最初驚きました。もっと驚いたのは、研究者の皆さんのハツラツとした様子です。側で見てもおもしろさは理解できるのですが、やっている方はもっと楽しそうですし、なにより楽しもうという意志が感じられます。あ、これは田中社長も同じというか、その筆頭というか、本当にすごいのですけれど。
フィールドでは、
多くを学べる
さてさて、ここでやっと、学生さんたちの紹介をさせてもらいます。京大からは、農学研究科 応用生物科学専攻 海洋生物環境学分野の本田拓さん、農学部 資源生物科学科の田嶋宏隆さん、吉川雄大さん。近大からは、農学部 水産学科の岡室勝眞さん。本田さんを除く3人は学部生で、4人のうち、ウナギを研究対象にしているのは本田さんと吉川さんの2人。2人はここでの調査を軸に修士論文を書く予定です。一方、田嶋さんはウミガメを研究、岡室さんはこれから巻貝を研究するそうです。ええっ、ウミガメとか巻貝とか、ウナギと全然関係ないでしょ!と、なりそうですが、いろんな場を経験して引き出しを増やすのは、彼らの今後に役立つとのこと。田嶋さんは将来的にも研究の道を進みたいと考えているそうですが、久米先生曰く「ウミガメだけをやってきた、ウミガメしか知らない、と早々になってしまうのは、彼のためになりません」。本人も、そこを理解して、積極的に取り組んでいる様子です。
実際見ていると、ノウハウにとどまらない、多岐にわたる学びがあると感じられます。「フィールドワーカーを育てたい」という久米先生は、「言われたことをただやるのではなく、多少間違えてもいいから、自分で考え、意見を持つようになってほしい。これは研究者というより社会に出るにあたって、ですよね。フィールドにはさまざまな学びの要素があって、身近な自然の中で何かを発見する力も、コミュニケーションの力も磨かれるんです」とおっしゃいました。そうですね、ひとりで考え、探求することと、ひとりではできず、チームで協力することと。
僕はほら、学生に対して、
アメとムチのムチタイプでしょ。
前半でご紹介した、定点観測用のPITタグリーダーやカメラは、言うまでもなく電気で動きます。同時に設置したソーラーパネルで賄うか、賄い切れない場合は、地域のご家庭に電源をお借りしています。ご協力くださる上に、ウナギを気にかけ、調査をあたたかく見守ってくださる近隣住民の方は大変ありがたい存在。もちろん電源の使用に限らず、このような調査研究では、地元のご理解が不可欠になります。理解を得るためにお話しするにはコミュニケーション能力が試されますし、必要に応じて誰かに協力を仰ぎながら、研究周りのことを調整できる人が、研究自体も円滑に進められるのですね。
学生4人。
研究、そして
コロナ禍も経験して
作業中の学生諸君4人を見ていると、「お腹空いた。糖分ないともう無理です」とはっきり口にしだすのが吉川さん。いったん持ち場を離れ、持参していた菓子パンを頬張り始めます。仕事は淡々と、しかし的確にこなす彼はこの調査研究において、落差工に設置したカメラで得られた映像を解析し、修士論文とします。在学中に予定していた海外渡航がコロナ禍でむずかしくなってしまいましたが、外の世界を経験したい思いは持ち続けています。ハキハキと話し、元気に振る舞う本田さんは、PITタグでの調査を修士論文にします。実は研究者としては不向きではないかと、自信を失っていると打ち明けてくれました。そのため一般企業への就職の道を選ぶことにしたそうですが、IT業界で力をつけて、いつか水産に戻りその力を役立てたいと、いまは考えているそうです。「学外でもいろんな人と出会いたい」。田中社長との出会いも、刺激になったようですよ。労を厭わず率先してよく動くと評判の田嶋さんは、黙々と、落ち着いて作業に取り組みながらも、ウミガメとは異なる調査の、初めて触れる機器類にもおもしろさを感じていた様子。「勉強になりました!」と、安定感のある前向きさは、今後も活きそうです。ひとりだけ、渡邊先生について近大から参加の岡室さんは、京大の3人とは初対面でした。慣れない人との慣れない作業で、当初はアウェー感にのまれ気味の彼でしたが、終わってみれば、誰より元気に「めっちゃ楽しかったです!」と。コロナでオンライン授業や座学ばかりだったので、屋外での作業も、人と接するのも久しぶりだったそうです。ひとたび打ち解けるとムードメーカー的ポテンシャルを発揮するタイプ?「(最初は物怖じしましたが)京大のみんなが積極的に話しかけてくれて。みんないい人でした!」と、声を弾ませていました。
体力勝負なんで、
お昼ごはんは重要です。
取材を終えて
若い人たちの、コロナ禍の2年を思います。大学は学問の場ですが、大学生活というのは、その周辺でできていると言っても過言ではない気がします。さまざまな出会いを通して自分を知る期間でもあるのに、入学以来ひたすらオンライン授業という学生もいます。大人より現在にフォーカスして生きるのが若者ではないですか。甲子園球児ならずとも、「この夏は一度きり」といった、代えのきかない時間ばかり。それが2年も続いています。今回お会いした学生さんたちは、恵まれているほうでしょう。それでもです。あきらめざるをえないことは、きっと小さくも少なくなかったと思います。苦い経験でしょうが、いつか、結果オーライにできますように。先生たちに叱られながら、励まされながら、バケツを手に駆け回る姿に、そう思いました。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)
ひつまぶしの名古屋出身なので、
ウナギはずっと親しみある魚でした。
by吉川さん