株式会社 田中三次郎商店

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特集⑯

人里を流れる川での
ニホンウナギの調査。
カスタマイズしたツールを
総動員して
(前編)

和歌山県某所、そこは街でこそありませんが、大自然でもない人里です。民家があり、畑があり、少し行くとコンビニもあるところ。海に近いその地を流れる、一見特筆すべきものは見当たらない小さな川。そんな、人の暮らしの風景に溶け込んだ川に、ニホンウナギはいました。絶滅危惧種とされ、高級食材とされて久しいウナギの姿をこれほど見れば、多くの人は驚くでしょうが、もしかするとあなたの身近にも、ニホンウナギがいるかもしれません。今回の調査は、向こう10年から15年という長期で行われる研究の一環で、いまはその序盤です。これまで、タグを装着したウナギの行き来を、複数箇所に設置した電波受信機で24時間モニタリング。加えてカメラでも、同じく24時間撮影して映像データを取得してきました。この度主に取材したのは、それとは別に3ヶ月に1度行う、人海戦術で臨む調査です。2月下旬、「春の小川」というにはまだ冷たく、ウナギも川底の石や泥の下にじっとしている時期。「起こしてごめんね」と言いながら捕まえて…。京都大学フィールド科学教育研究センターの三田村啓理教授と久米学特定助教、近畿大学農学部水産学科の渡邊俊准教授、それぞれの大学の学生4人、田中三次郎商店の田中智一朗社長の計8人の奮闘です。

前編
「タグを埋め込み
行動を追い、
カメラの映像でも観察」

後編はこちら

ニホンウナギに
いっぱい
出会えました!

登場人物:
京都大学フィールド科学教育研究センター
教授 三田村啓理さん
特定助教 久米学さん
近畿大学 農学部 水産学科
准教授 渡邊俊さんと
学生を含む8人組

当初「いそうもない川」
と見立てた調査地で

絶滅危惧種のニホンウナギですが、ウナギは元来生命力が強い魚。日本のあちこちにあるこうした河川に、いまもたくましく生息しているのかもしれません。昔に比べて数はずいぶん減っているのは事実として、釣って食べようとする人や川で遊ぶ子どもが少なくなり、ウナギの姿を目にする機会も減っています。そのため存在を実感できなくなったのではないかと、先生たちもおっしゃっていました。実態を把握し、生態を正しく知って、適した環境を保全する。この調査研究は、食材として誰もが知る魚でありながら、知られざる部分が多いウナギについて、複数の手法で長期にわたり根気良く観察し、つまびらかにしていく試みです。

調査チームは当初、この川にこれほどウナギが生息しているとは考えていませんでした。一部の川辺には植物が生い茂り、河床の状態もウナギが好みそうではありました。しかし、三面コンクリートの護岸が施されたエリアがほとんどで、生活用水も流れ込んでいます。途中に存在する、ウナギが到底登れそうにない1.5m以上の落差工が決定打となり、生息には適さないとの見立てが妥当と思われました。ところが念のため調べてみたところ、驚くほどたくさんの個体が確認されたのです。その時点で、ウナギは「なぜここを選んだ?」「どうやってここに来た?」「この環境でどう生き延びる?」などなど、いくつものハテナが浮かび上がりました。これらがわかれば、資源回復のためにどのような環境を整えるべきか、知見を得られる可能性が高まります。しかも、この川は、そびえ立つ落差工を境に、下には海水が混じり、上は完全に淡水となっている。海と川を行き来するウナギの生態を調べる調査地として、実はうってつけだとわかったのです。

初日、2チームに分かれ、川に入ります。まずは田中社長と学生2人が、手持ちのPIT(ピット)タグリーダーを川面にくまなく滑らせ、反応を見ながら上流へと進みます。この手持ちのPITタグリーダーを、メンバーたちは「金属探知機」と呼びます。まったくの別物ではありますが、使っている様子を見るに、確かにそんな感じです。ビーチで宝探しをする…いつか映像で見たような、あれによく似ています。

遡ること4ヶ月ほど前の2021年秋、ここで採集したウナギ約170匹にPITタグを装着させて放流しました。個別のIDを読み取るSuicaなどと同じ仕組みで、ピピピッと、PITタグリーダーが反応、画面にIDを表示させ、放流済みのウナギの個体と紐づけます。あまり反応しないエリアと、頻繁に反応するエリアとがあります。ほとんどのエリアは浅く足首ほどの深さで、一部深いところで膝くらい、ほぼ流れはなく湿った泥だけのところも少なくない、小さな川です。川面を撫でることを、丁寧に、ひたすら繰り返していきます。この作業はスムーズに進行、日暮れまでには調査範囲をすべて網羅しました。

手持ちのPITタグリーダー(通称・金属探知機)をまんべんなく滑らせ、
反応して読んだIDは手書きでも記録していく。

ウナギを採取→
タグを埋め込む→
身体測定→
放流

残る5人は、その後方、数十メートルの間隔を開けて続きます。川には電気ショッカーを背負った久米先生と、ウナギ採集用の網を手にした渡邊先生と学生の、合わせて3人。電気ショッカーで川に電流を流し、ショックで浮いてきた個体を素早く捕まえます。捕まえた場所をできるだけピンポイントで把握して、そこには油性マジックで番号を記した、小さなビニール製の旗を立てます。どの個体がどこにいたかの目印になります。捕まえた個体は麻酔の液の入ったバケツに入れて動かなくしてから、13桁の固有の番号が振られたPITタグを埋め込み、さらに体長と体重を計測して再び川に戻します。前回タグ装着済みの個体であった場合には、IDを確認、記録し、計測のみで放ちます。この作業を陸上で担当するのは三田村先生。記録係の学生を伴います。

電気ショッカーを川面に当てていく久米先生と、
浮いてきたウナギを即座に捕まえるため、後ろに控える学生たち。

PITタグリーダーではもっと反応があったはずが、電気ショッカーで浮いてくる個体は少なく、最初は余裕のあった三田村先生ら陸上組も、ウナギが集中しているとみられるエリアに入ると大忙し。最小10cm強、最大60cm超のウナギに、サイズにあったタグを選んで埋め込む作業は、人間の手術用のメスで行われます。埋め込む際に入れる切り込みはほんのわずか。慣れた手つき、鮮やかな腕前の三田村先生、早い早い。

記録するウナギの長さには2種類あり、ひとつは全長、もうひとつは肛門長と呼ばれる、頭からお尻の穴までの長さ。経年で尾びれがボロボロになり短くなることがあり、全長だけだと成長の記録として不正確になってしまうからだそう。なるほど。春が近づき水温が上がるまでは冬眠に近い状態にあり、ほとんど食べずに過ごすとされるウナギ、よっていまは成長する時期ではなく、少々痩せ気味に見えるらしいです。「起こしてごめんねー」とウナギに話しかけながら(?)、朗らかに手早く作業する三田村先生でした。麻酔が効いて仮死状態のようになっているウナギも、川に戻してしばらくすると、ニョロニョロと動き出し、徐々に元気を取り戻します。

今回川で採集したウナギはすべて、黄ウナギと呼ばれる、文字通り黄色っぽい色をしたものでした。ウナギは川と海とを行き来する魚。海水域で生まれ、淡水域で大きく成長してから再び川を下り、海に出る前のウナギは、次第に銀色を呈してきます。変態を遂げ、輝く銀ウナギとなって産卵のための旅に出るのだそうです。

PITタグ。これは今回使われる中では中くらいのサイズ。
埋め込んだタグに反応してIDを読む機械。

これだけ長期に
腰を据えて行う調査は
貴重です。

田中三次郎商店自作の
装置で、
24時間モニタリング

電気ショッカーチームは午後いっぱい作業を繰り返し、残りのエリアは翌日、翌々日に持ち越すことになりました。捕まえたウナギは3日間トータルで154匹、内PITタグ装着済みだった個体は28匹で、多くが今回あらたにタグを装着した個体という結果になりました。この川は、川岸が自然な状態に保たれている場所と、最近護岸工事が行われたばかりの場所とが狭い範囲で混じっています。護岸による影響の有無も、今後は明らかになりそうですが、まだデータを集める段階です。とにかく、ウナギがたくさんいることだけは判明しました!

本調査研究では、暗渠(あんきょ:コンクリートなどで蓋をして、地上からは川が見えない状態の場所)となっている箇所の上流側と下流側にPITタグリーダーを2台ずつ、複数の場所に設置し、タグを装着したウナギが、いつ、どの程度の数、どの程度の期間暗渠で過ごし、上流と下流どちらに向かったかなど、常時モニタリングしながらデータを集めています。今回のような手持ちのPITタグリーダーを用いての調査は、果たしてウナギがどんな環境を好むのか、足を使い、目を使い、アナログも駆使しながら詳細に調べて、設置型のPITタグリーダーから得られるデータを補完する目的で行っているものです。

設置した2台のPITタグリーダーが正常に作動するかを定期的に確認 by田中社長。
1台につき1枚のソーラーパネルで電力を賄っている。

壁を登りきる!
パワフルなウナギの
映像も待たれる

もうひとつ、専門家でなくともさらに興味をそそられるのが、落差工に設置した複数のカメラで撮影される映像です。高さ165cmほどもある80数度のほぼ垂直な壁を、海から川に遡上してきたとみられるまだ小さなウナギが登る姿が、前回とらえられていたそうです!「うなぎのぼり」という慣用句がありますが、こんな壁を登るだなんて、ウナギすごすぎ、パワフルすぎ。人間で例えると、三国志の赤壁、レッドクリフ以上ではないでしょうか(にわかに興奮)。設置のカメラは田中三次郎商店にて改良をし続け、当初より台数も増やし、現在は上に4台、下に4台の計8台。何匹が壁登りにアタックして、何匹が成功するかまで、二段構えでより詳細に見ることができるよう工夫した力作です。蓄積された数ヶ月分の膨大な映像データの確認方法にも、今後工夫が必要ではありますが、これだけの期間にわたる定点観測が可能になったのは、「4テラもの容量のハードディスクを誰かが開発してくれたおかげ」と田中社長は言います。それにしても、既製品では必要を満たせないとき、毎度なんとかカスタマイズしてしまう田中三次郎商店であります。

左に、脚立を立てかけている壁を、小さなウナギが登るとは…。
なるだけ確認しやすい映像になるよう、お掃除中の京大生、吉川さん(これを修士論文にする予定)。
川岸から向こう川岸に金属のパイプを渡して、そこにカメラを取り付けている。
落差工の垂直壁を撮影したカメラに映るクロコ(シラスウナギの次の段階)。

さて、久米先生にお聞きしたところによると、ウナギは30cmくらいに成長して初めてオスかメスかが決まる摩訶不思議な魚だそうです。さらに摩訶不思議なのは、ストレスが多い環境だとオスになるらしいこと。養殖場では過密だからか、急激な成長を促されるからか、大概みんなオスになることから、私たちが蒲焼などで口にすることのできるウナギはまずオスならしいです。この壁へのアタックで、みんなオスになってしまうこともあるのでしょうか。はたまたそれはウナギにとってはストレスではないのでしょうか。素人が考えを巡らせるのでした。ちなみにこの壁は、ウナギのほか、カニ類、エビ類、貝類も登るそうで、カメラを設置したことで、必要とあらばそうした別の生き物の定点観測用にもデータを使えるようになりました。開発にも取り付けにもずいぶん苦労があったとのことですが、これから活躍しそうです。

今回だけでこれだけ採集してますから、
これは相当いますね。

ウナギは川底の泥や石の下のほか、石垣の隙間に身を潜めている。
じっと川を覗いていても、姿を見ることはできない。