株式会社 田中三次郎商店

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特集㉑

石臼で挽く地元の小麦で、
“ゆらぎ”をも味わう豊かさを。
木村昌之さんのパン道
(後編)

長野県上田市に、知る人ぞ知るパン職人、木村昌之さんという方がいます。都内の複数の有名店を経て、現在は卸専門の「木村製パン」のオーナーで、プロの間でも評判のパンを焼いています。その木村さんがプロデュースされたポワン エ リーニュ東京ミッドタウン八重洲店に田中三次郎商店から石臼が納品されたということで、担当の神永剛士さんより本記事の取材依頼がありました。取材に先立ち、お名前や「木村製パン」で検索するも、直近のまとまった情報はヒットせず、ご活動の全容が掴めなかった木村さん、お聞きしたところ、普段、取材はほとんどお受けにならないそう。貴重な記事になると思われます。しかも非常におもしろいです!

後編
「環境面からも、
食味からも、
木村さんは石臼」

前編はこちら

石臼以前に、
農家さんとのつながりが不可欠です。

登場人物:
木村製パン 木村昌之さん、
株式会社田中三次郎商店
メッシュテクノロジー事業部兼
水産・環境事業部
神永剛士さん

“ニュアンス”を
求めるなら、
石臼挽き

木村さんが自らのパンを語る上でお使いになり印象的だった単語に、“ニュアンス”があります。「以前お会いしたチョコレートメーカーの方のお話で、原料のブレンドによって、口に入れた後二度のピークが訪れるようにしているというのがとても印象的でした。そういう目に見えない、微妙なニュアンスの持たせ方っていいなって。自家製粉用に石臼を使い始めたのも、ニュアンスまでこだわることができるようになるから、というのが大きな理由の一つでした」。お話が石臼に及んだ瞬間、真剣に聞き入っていた田中三次郎商店の担当、神永さんが、思わず背筋を伸ばしました。

そもそもフードマイレージなど環境面への問題意識から、原麦(未加工の麦)を自ら加工するやり方を選びたかったという木村さんですが、石臼には、そのほかの、パンの出来に関係する点にも、木村さんを魅了する点があったのです。原料を自分好みにチューニングできる石臼は、使いこなし、工夫を利かせられるようになると、生地づくりにおいて自らコントロールできる範囲が広く深くなって、ニュアンスまでこだわることが可能になります。同じように感じているからか、木村さん同様、石臼を使うこだわりのパン屋さんは全国に増えつつあるようです。

研究熱心な木村さんは、デンマークのライ麦パンをつくりたいがためにデンマークに赴き、現地で「10キロは食べた」というエピソードを持ちます。ライ麦を半割りにした粒感がニュアンスにつながり気に入っていたものの、日本には売っておらず再現できない。それもまた、石臼で工夫することで実現させたといいます。

こだわりのパンは、
情熱ある農家さんとの
つながりから

前提として、小麦にしろライ麦にしろ、原麦を仕入れるには農家さんとのつながりが不可欠です。国産小麦に興味を持ち、次第に在来種に興味を広げ、そうした作物を守る活動にも関わるようになっていった木村さんは、各地の農家さんを訪問してお話を聞いたり、ときには農作業を手伝ったりもしました。次第に詳しくなると共に、情熱を持って取り組む農家さんとのつながりが増え、信頼関係を結ぶこともできました。現在の仕入れ先もそうした農家さんで、信州の在来種の小麦のつくり手さんの畑には、いまもたびたび出向いているそうです。

木村さんが石臼を使うようになる直接のきっかけは、都内のお蕎麦屋さんが、使っていたそれを貸してくれたことでした。まだ2010年にならないころだったと回顧する木村さん。挽きたてほやほやの新鮮な粉に感動して、その後ドイツ製の石臼を手に入れますが、その際、石臼を並行輸入している人を紹介してくれたのも、つながりのある農家さんだったそうですよ。

木村さん曰く「粉はどうしても酸化するので、味や品質の点でも、都度挽いて使えることへのメリットはあります。とはいえ、均一なパンづくりを目指すのであれば石臼の必要性は高くないと思います。そうではなく、特に全粒粉にこだわりがあるならおすすめです」。ちなみに、挽いた粉は一晩から数日寝かすことで安定するそうで、多くの場合はそうやって使われているといいます。でも、そこは “ゆらぎ”のパンが身上。「自分は、安定せずに暴れる、挽きたてを使います」と、あえて扱いにくさに向き合っている木村さんなのでした。

挽く前の原麦。

田中三次郎商店の
担当者とは、
「解像度の高い話が
できた」

さて、2023年3月にオープンしたポワン エ リーニュ東京ミッドタウン八重洲店には、田中三次郎商店が納めた石臼が導入されました。これを決めるにあたり木村さんは、福岡県小郡市の田中三次郎商店まで足を運んでいます。田中三次郎商店を選んだ理由は、「扱っているところが少なくて、そもそも選択肢がなかった」という、あっさりしたものでしたが(笑)、その後のやりとりを通して、どんな印象をお持ちになったのでしょう。

「では、実際に赴いてみて、お話しされてみての印象はいかがでしたか?」と、担当の神永さんが最も恐れていたらしい質問をしてみると、「話せるな、と思いました」と答えた木村さん。「業者さんって、売ることに特化していて、僕のようにつくる側の視点を共有するのはむずかしいと、経験上感じていました。ところが神永さんは違って、仕組みのほかいろんな使い方にも詳しいし、なんというか、解像度の高い話ができたんですよね」。

木村さんが続けて神永さんを評し、「しかも売ろうという意志を感じさせない」、とおっしゃったところで、「それはそれで問題なんですけど」とほぼ初めて口を開いた神永さん。技術系のバックグラウンド、前職でエンジニアだった彼は、日ごろ、さすがに営業マインドに乏しすぎると指摘されているそうです(笑)。いずれにせよ、木村さんの場合は、そこに安心感と好感を抱いたそうなので、グッジョブでした!

石臼の販売元との認識しかなかったけど、
これはどうもマニアックな会社だぞ
と思いました。

今後、
コラボの可能性も
あり!?

石臼を欧州より輸入して販売する田中三次郎商店ですが、改良の余地を見出せば手を入れてから販売し、自らメンテナンスも行なっているため構造に詳しい。新規事業の可能性を探りながら石臼で挽いた原料を用いた食品の開発も行っている同社は、それらの試作でもたびたび石臼を使用するユーザでもあり、単に石臼の販売やメンテナンスという既存の業務上の必要性とどまらず、気づきの多い立ち位置にあるのです。木村さんの、「これはマニアックな会社だぞと思いました」という感想は的を射ており、少し笑いました。

10年来、田中三次郎商店とおつきあいして、社外の人間としては、業務内容や社風に詳しい私が、田中三次郎商店の、多様な事業の種を蒔いたり、「ないものはつくる」風土などを木村さんにお伝えすると、「そうだったんですか!」と、やや前のめり。さすが、異業種の人と話すのが好きとおっしゃるだけあり、それではといった具合に、石臼について、現場に即したアイデアや要望を次々と。また、「同業の仲間同士での交流もあるんですけど、パン職人って、こういうののメンテナンスは苦手な人間が多いんですよ」と、ユーザを募っての講習会の開催なども持ちかける木村さん。お忙しいのに、予定の時間を大幅に過ぎてもなお熱心に話し込むお姿を横で拝見しながら、「神永さん、これはありがたすぎる。まさに理想的なクライアントさんですね」と、心の中でつぶやきました。

田中三次郎商店って、
変わった会社なんですよ。

やや緊張していた神永さん、嬉しいお話もお聞きできたインタビュー後のなごやかタイム。

取材を終えて

若いころの取材での苦いご経験と、依頼にキリがないこともあるのでしょう、取材はほぼすべて断ってきたという木村さん。それもあってか、「ちょっと(話に)自信ないんですけど!」と冒頭で。終えてからは、「プライベートのところは全部カットで!」と(記事上ほぼノーカットです(笑))。加えて、ここから書くことも、あるいは全部「やめてください!」と言われそうな気もしますが、これまでの歩みがそうさせるに違いない、おつくりになるパン同様そこにいるだけで“本物”がにじみ出る方でした。気さくで、人を緊張させず、ものづくりだけでなく人が好きな方なんだと感じました。ご家族にお話が及ぶと一層やわらぐ表情に、「人間っていいな」と思った自分にテレました。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)