株式会社 田中三次郎商店

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特集⑮

ガッツが身上。
大好きなナマズの生態を、
世に知らしめるために

それが個性というものでしょうが、その人にとって惹かれてやまないものの対象は千差万別。目戸綾乃さんの場合はナマズでした。京都大学の博士課程では、体長2〜3メートルにもなる超大型ナマズ、メコンオオナマズと、やはり大型のナマズ、カイヤンの摂餌生態、つまり摂取する餌に関する研究に取り組んでいます。地元タイで食用として好まれるこれらのナマズ、野生のものはすでにいないかもしれないと言われるほど数が減り、捕獲禁止の絶滅危惧種に指定されています。保護の必要性は知られてきたものの、何を餌にするかすらわかっていない上、現地には生態を専門とする研究者が少なく、有効な保護の手立てを講じるには壁となっています。今回は、目戸さんの、特にメコンオオナマズ愛と、研究にかける思いをお聞きします。

私の推しのナマズを
有名にしたいです!

登場人物:
京都大学大学院
情報学研究科 社会情報学専攻
博士後期課程2年
目戸綾乃さん

水族館での運命の出会い

目戸さんがメコンオオナマズとの出会ったのは、兵庫県立大学の2年生だったのころ。青春18きっぷで全国の水族館をまわることにはまっていたという目戸さんは、世界有数の淡水魚水族館として知られる『アクア・トト ぎふ』で、運命の出会いをします。「まず大きさに目を奪われて、次に、引っ込み思案にも見える様子に引きつけられました。餌やりタイムで、ほかの魚のようにがっつかないどころか、おこぼれをひっそり食べているくらいだったんです。すぐにネットで検索してみたのですが、情報が少なくて、もっと知りたいと思いました」。

「水族館は子どものころから大好きでした。母親によると、中でも特にサメなど大きな魚をよく見ていたそうです」と語る目戸さんは、メコンオオナマズと出会うべくして出会ったのかもしれませんね。大学進学にあたっては、生物系がおもしろそうだという以外には定まるものはまだなくて、兵庫県立大の理学部を選びました。「打ち込めるものは欲しかったけど、それが研究だとは思っていませんでした」と言います。『アクア・トト ぎふ』での運命的な出会いを経て、大学院進学を目指すことに。京都大学か近畿大学でならメコンオオナマズの研究ができると知ったからです。「近大は私立でお金がかかりすぎると思い京大を志望しました」。

晴れて京大に入学し、研究を始めた当初は、楽しさしかなかったそうです。でもいまは、難しさも、苦しさもあると。絶滅危惧種であるメコンオオナマズは原則タイから持ち出せず、かといって研究のための機器類は日本にあって現地では揃わないため、思うように進められないというのが、難しさの根幹にあります。特にコロナで渡航ができなくなってからはジレンマが続くことに。

捕獲された体長2mのメコンオオナマズと目戸さん(中央)。
湖の漁業管理局長、苦楽を共にした研究者仲間と、タイの調査地にて。

引っ込み思案の
メコンオオナマズ、
巨大魚にして草食か

メコンオオナマズ一筋だった目戸さん、メコンオオナマズを日本に持ち帰るのは困難なため、比較的サンプルを得やすい大型のナマズ、カイヤンをもうひとつ研究対象に定めました。どちらも、摂餌生態については、近縁種を含めてほとんど研究されてこなかったため、参考にできる文献も論文もないに等しい。「昔、漁師さんが捌いた際に、お腹から藻が出てきたので草食か?という、ほとんど言い伝えのようなものが残されているだけなんです」と。目戸さんの所属する研究室でも、20年来、タイでメコンオオナマズの行動生態の調査を続けるも、摂餌生態に関しては有力な手がかりが得られていないそうで、目戸さん自らがパイオニアになっていくしかなさそうです。

これまでに目戸さんは、メコンオオナマズもカイヤンもデトリタス(動物や植物、プランクトンなどの死骸)を食べていることを示すデータを、安定同位体比分析と脂肪酸分析という特殊な分析方法(ここは端折ります。興味のある方は検索してください)によって導き出しました。メコンオオナマズの2〜3メートルにもなる大きな体がなにを栄養源としているのかは未解明ですが、このような超大型魚のほとんどは肉食だと考えられていた中で、デトリタスを食べていたというのは新発見でした。世界にはほかにも巨大ナマズと呼ばれるナマズがいて、それらも肉食と見られています。どうやらメコンオオナマズは、かなり例外的な生態を持っているようです。地味めな食性は、引っ込み思案そうな性格とリンクする研究結果で、目戸さんが出会ったときの印象と合致しました。

魚の生殖腺を顕微鏡で見る目戸さん。
京大フィールド科学教育研究センター 舞鶴水産実験所にて、元センター長と、東大の若き研究者仲間と。

「研究室でも飼育しているのですが、メコンオオナマズはひっそりとおしとやかで、性質がぜんぜん違うんです!そこに惹かれます」と、さらに魅力を主張する目戸さん。誰も研究してこなかったという難しさは、一方で、実は「人と同じことはしたくない」とも語る目戸さんに、うってつけの研究対象ではないでしょうか。同じ大型のナマズでも、アマゾン川流域に生息する種類については、いくつかの論文が出ているらしいので、目戸さんには是非、運命の相手の専門家になってもらいたいところです。「『アクア・トト ぎふ』でメコンオオナマズを見たあと、早速検索して、Wikipediaを開いたら、(情報が)これしかないの…?と落胆したときのことは忘れません。同じような誰かを二度とがっかりさせないよう、私がやってやる!って、思ってます」。一見、のほほんとしているようにも映る目戸さんですが、ガッツはあると自認していて、それも「前面には出してるつもりもないのに、よく言われる」というのだから本当にそうなのでしょう(笑)。タイの調査地で水道をひねると、出てくるのは色つきの濁った水だとか、研究のためにたくさんの魚を捌いて、いつまでも臭いが消えなかったという、少々ガッツが必要そうなエピソードもお聞きしました。

魚を捌くのに、
プロの料理人も使う包丁を
買ってもらいました。

皇室にも
ゆかりのある(?)
ナマズ。
「私の推しを
知って欲しい」

そのガッツを持って成し遂げたいことを聞くと、まずはやはり、メコンオオナマズやカイヤンという「私の推しを知って欲しい。ナマズの研究者が増えてくれるとなおうれしい」。また、「ナマズで生態学者をうならせる現象を見つけたい」と。そのために、権威ある学会や雑誌での発表を目指す必要があると考えているそうです。モチベーションはあくまで、大好きなナマズを有名にしたいところにあり、自分は目立ちたくない、有名になりたくないとも。これほどナマズが好きな方にはお会いしたことがありませんが、ナマズが好きといえば、そうだ、確か皇室に…「秋篠宮様でしたか?ナマズの研究者」とぶつけてみると、「そうです!憧れです」と言った途端、キラキラというよりモジモジして見えた目戸さん、論文の引用もしたことがあるそうで、「Fumihito って、書きました」と嬉しそうです。なんと秋篠宮様もメコンオオナマズを研究されていたのですね。目戸さんに先立ちこの魚に魅了されたのでしょうか。だとしたら、目戸さんが憧れやシンパシーを抱くのも無理からぬこと。いずれにせよ、研究者として数少ない先輩だったようです。

「京大の先生方をはじめ、周りの人にめちゃくちゃ助けられています。支援していただいたのでやってくることができました」と感謝を口にする目戸さん。コロナでタイの調査地に赴けない間、先生たちに京都の由良川でのスズキの調査に誘ってもらい、二つ返事で参加を決めたそう。「返事はすべてYESです!やらない後悔のほうがコワいので」と、これがまたガッツをのぞかせる反応です。結果、非常に勉強になっているとのこと。あの、『アクア・トト ぎふ』の館長さんとも、いまは協働する機会があるそうで、タイの調査地にもご一緒されたというのだから、好きなナマズを純粋な気持ちで追いかけてきたことで、引き寄せたものは小さくないように見えます。いつの日か、秋篠宮様とナマズについて語る日も来るといいなぁ。

調査地での様子については、「私の研究するナマズは、放流して数を増やす試みがなされる一方で、漁獲制限しながら、いまも食用になっています。私にとっては食べるものではありませんが、現地の人たちの間では、長く親しまれてきたごちそうなんです。その土地の食文化は尊重すべきなので、むずかしいところです」と、現地ゆえの経験を通して考えることも少なくない。毎朝早起きして市場をまわって見つけた、目戸さんにとっては貴重な研究用サンプルは、譲ってもらえるようお願いして、入手できたら捌いて調べています。現地で活動を共にした田中三次郎商店の田中社長は、目戸さんの奮闘について、「よく動く。しかも気遣いがあり先回りして動く。現地の人への交渉もするし、泥臭い作業も進んでする」と。そのように聞くと余計に、彼女が待ち望むタイの調査地への渡航が一刻も早く実現しますよう、そしてその先も、大好きなナマズの研究を存分に続けることができるよう願わずにはいられません。いつか先生としてナマズの魅力を語る目戸さんが見たいです。

スズキの調査も、
めちゃめちゃ勉強に
なってます!

ウェーダー姿で由良川に入る目戸さん。
太陽が似合う。

※目戸さんはこのあと、コロナ禍でのむずかしい条件を突破して、無事にタイへの留学に漕ぎつけました。

取材を終えて

関係ないですが、目戸さん、黒田の引退に涙した、広島東洋カープの長年の大ファンだそうです。「ちょっとだけなら書いてもいいです」と、ややはにかんだ様子で言われました。持ち物に赤が多いのも、密かにそのためだそうです。ナマズとカープ、両方魚なのは偶然そうですが、このふたつが大好きだという人に悪い人はいないだろうと、根拠不明ながら思わされます。「返事はすべてYES」と言ってみたり、周囲に「めどど」と呼ばれていたりしていることからも、目戸さんの人柄が表れていると感じます。『アクア・トト ぎふ』でメコンオオナマズに最初に出会った、運命の瞬間に立ち会ってみたかったです。目戸さんならきっと、両思いなのではないかとすら思います。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)