SPECIAL
特集⑫
ポテンシャル無限の、
若きジュゴンの研究者。
自らの成長を喜びとして
人魚のモデルになったとしても知られる、絶滅危惧種のジュゴン。京都大学で博士課程に学ぶ倭千晶さんは、ジュゴンを研究しています。学部4回生のときに、タイの海でジュゴンの餌場に録音機を設置し、録音したデータからジュゴンが海草を食(は)む音を自動検出する技術を開発しました。修士課程では、同じくタイで、ドローンで撮影した写真をもとに餌場マップを作成し、今度は海草の食み跡を自動検出する技術を開発。2021年に博士課程に進むもコロナ禍で渡航が困難になる中、タイへの留学を準備しながら、ジュゴン研究にも応用すべく、ドローンを使ったヒキガエルの追跡調査に加わる。どんな道に進んでもなにかを成せる人だと思わせる、知性とガッツを併せ持つ方です。
断然、フィールドに出たい。
おもしろさが違う
小学生のころからよく観ていたNHKの『ワイルドライフ』で映し出される世界に、憧れを抱いていたという倭さん。生まれ育ったのは大阪でしたが、祖母の家がある徳島の海がずっと心に残っていて、海に対する執着もあったといいます。そうしたことが彼女を、ジュゴン研究への道へ導いたのでしょうか。直接のきっかけは、現在指導を受けている先生の、ジュゴンに関する本を読んだこと。研究に着手してからは、ジュゴンの、何を考えているかわからない…もしかして何も考えていないかもしれないところに惹かれたというからおもしろい。なんでも、なぜこの時間にこの場所でこの海草を長時間食べ続けているのかなど、ジュゴンの、人間目線では最善を選んでいるように見えない行動に疑問が尽きないのだとか。こうしたジュゴンの行動について倭さんは、「ジュゴンだっていつも合理的な選択をするとは限らない。『変な時間やけど腹減ったし来てもうたわ』というときもあるのでは」などと考えながらも、ジュゴンの、まだ明らかになっていない習性による可能性も見据えて、観察を続けています。
唯一沖縄に生息するも、推定頭数が10頭に満たない国内では困難なため、倭さんは、100頭以上が生息するタイ南部の海を研究の拠点にしています。研究の中でも、断然、フィールドに出るタイプのものに携わりたいそうで、その思いを次のように語ってくれました。「『ワイルドライフ』に影響を受け、世界の自然や生き物をじかに見たいと思ってきた私にとって、フィールドはおもしろさが違います。その場に立つとやる気も増しますが、データの重みも増しますね。実感が伴うようになって、データの解釈の仕方が変わるんです。ジュゴンをどこで見られるかなど、研究者より漁師さんをはじめ地元の方のほうが詳しいことがあります。場数を踏んで、身近で観てきた人特有の、“勘”もあると感じています。そんな人たちのお話をしっかりお聞きしたいし、私自身もできるだけ現場に足を運んで勘を養って、学問に活かしたいです。
ドローン技術を
研究に活かすため、
ヒキガエルチーム入り!
体長が2〜3メートルのジュゴンですが、意外と浅いところを泳ぎ、上空から観測しやすいのだといいます。食み跡を上から見たくなった倭さん、ドローンを駆使できたら…と考えていたときに、これまでドローンでの調査研究を複数サポートしてきた田中三次郎商店の田中社長と出会います。弟子入り(?)し、講習を受けたり、さまざまな技術的教えをこいました。2019年の6月のことです。翌年にはコロナの影響でタイへの渡航がむずかしくなってしまい、その間、ドローンで空撮した写真から作成するマップの精度を高めるべく、撮影方法を田中社長と研究することに。やがて、田中社長が神戸大で生物を研究する佐藤先生の声がけで着手した、ドローンを用いたヒキガエルの追跡調査に同行する機会を得ます。その終盤、佐藤先生が「誰かドローンの生物追跡のエキスパートになって引き続きやってくれへんかなあ」と口にしたのを聞いた倭さん、「ほとんど反射的に『やりたいです!』と手をあげた」のだそうです。生き物の追跡調査に魅力を感じたのはもちろん、実は倭さん、幼いころはカエル好きのカエルっこだったそうで、にわかにカエル愛再燃!「ジュゴンとヒキガエルとでは違いすぎるので、あとになって少し不安にもなったのですが、指導くださっている先生に話すと、(ヒキガエルの追跡調査を)やってみたらいいと言ってくれて」。
この、ヒキガエル調査については別記事に詳しいのですが、相当大変だったと聞いています。ところが倭さん、「思ったよりうまくいったと思います」と、さらり。「確かにトラブル続きでしたけど、問題が起きるのはむずかしいことをやっている証しなので、解決するのがおもしろいです。道なき道を行ってる感も楽しめました。なんでも自分で見たい、やりたいタイプなんです。できるまでしつこくやり通すタイプでもあります」と。穏やかな話ぶりながら伝わってくる意志の強さに感心していると、次に続けた言葉で、ヒキガエル調査の際に垣間見た、すっかり手慣れたような迷いのない動きと、炎天下も急峻な山道も意に介さない倭さんの様子、その訳がわかりました。「やりたいと言い出した時点で私は、このプロジェクトの背景をよく理解してませんでした。佐藤先生にしたら、私は他大学の、異分野の学生ですし、田中社長にしても、成果が出せるとも限らないことに迎え入れるのはどうかと思ったはずです。お二人とも、私がジュゴンの研究に集中できなくなることも心配されていました。とにかく、私が加わることでお二人の面倒が増えたのは明らかで。だから、早くできることを増やして少しでも多く役に立ちたかったんです」。
ヒキガエル調査についても
論文にします。
いい出会いに恵まれて、
根本的に人が好き
お聞きするに、幼いころからやりたいと言い出したら譲らない子で、そのかわり、できるまでやる努力家だったそうです。いまも変わらないと。勉強や研究だけでなく、子どものころはバイオリン、大学ではウィンドサーフィンに打ち込みました。「頑張らないと、なにもおもしろくならないですよね。みんなそうじゃないですか?」と、繰り出される真理に、あぁ、この人はなにかを成す人だ、と感じた次第。
研究者としては、まだ漠然とではあるものの、海をはじめとした環境に貢献したい。それから、ひとにも恩返しをしたい。ヒキガエルの調査しかり、いま自分がやりたいことができている理由は、運や周りの人の助け、そうした巡り合わせがほとんどで、自ら払った努力は実現のための最低条件でしかなかったと。「いろんな人に影響を受けました。学校でも習い事でも、素敵な大人にたくさん出会えて運がよかった。おかげで根本的に、ひとが好きなんです」とも。ひとが好きだけど、コミュニケーションに自信があるほうではないので、ヒキガエルでチームを組んだ佐藤先生や田中社長の、あっという間に人との距離を縮めてしまう人柄にも刺激を受けたそうです。「成長するのが楽しい。どうしたら成長できるか考えるのも好きです。自分も誰かに、素敵な大人に出会えたと思ってもらえるよう成長したい」と、成長の物語はまだ途上のようです、見習わねば…!ヒキガエルの調査で得られた成果は、彼女の手により論文化されます。それに期待しつつ、いつか来るであろう、ジュゴンの研究者として知られるようになる日も、陰ながら楽しみにしています。
波に揺られる至上の喜びを
満喫中!
※倭さんはこのあと、コロナ禍でのむずかしい条件を突破して、無事にタイへの留学に漕ぎつけました。
ヒキガエル調査の記事もあります。
取材を終えて
研究者の卵を応援したいと、田中社長はいろんな学生さんを、現場でサポートするものの、「みんなが倭さんのようであるわけはなく、実際のところ大違い」と笑っていました。頭が動く人、体が動く人、それぞれに長所だとは思いますが、研究といえどフィールド調査で、とりわけ頭だけしか動かない人は困りますよね。倭さんを見ていると、労を厭わず走り回って体を動かし、次に何が起こるかわからない中で頭を動かし、それに加えてメンバーへのリスペクトも忘れません。ヒキガエルを見るや嬉々として追い、つかまえて見せた無邪気なカエルっこ笑顔も素敵でした(笑)。次はご両親を取材して、どのようにしてこのように育ったのかお聞きしてみたいです。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)
海に恩恵を受けてきたので、
恩返しできたら…