株式会社 田中三次郎商店

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特集⑪

寄生虫ハリガネムシをめぐる
自然界のミラクルを世に知らせた、
元だんじり少年

「一貫してテーマにしているのは、生き物が相互につながりながら形成される生態系のシステム」と語る、佐藤拓哉神戸大学大学院准教授(理学研究科生物学専攻)。ナショナルジオグラフィック誌には、佐藤先生による、カマキリやカマドウマに寄生するハリガネムシの研究ストーリーが掲載されています。このハリガネムシ、まさに針金のように細く長く奇怪な見た目といい宿主を操るらしい生態といい、SFさながら。そんなハリガネムシに魅せられて研究者に…というわけでは決してなく、もともとの研究対象はサケ科の魚。いまもそうなのだといいます。ハリガネムシと魚も、生態系を成すどんな生き物も、いつかどこかでつながり合う。大阪は岸和田で生まれ育ち、小学校5年生までは「だんじりに命をかけていた」という佐藤先生のロマンは、森に向かいました。

生き物同士の意外な
つながりを知れば、
生態系へのあたらしい
視点が生まれます!

登場人物:
神戸大学大学院
理学研究科准教授
佐藤拓哉さん

だんじりの
花形になる夢に破れて
研究の道へ?

岸和田っこのご多分にもれず、だんじり命だった少年時代。いつか大屋根で舞う祭りの花形、「大工方」に…と夢見ていた佐藤少年は、母親から、大工方になるには代々鳶職などの家の出でなければいけないと聞かされ絶望。別の道に目を向けるしかなかったと回想します。あの日の挫折を経て、現在までに、渓流魚の研究が約20年、そしてハリガネムシの研究も約10年。まったく異なる生き物ゆえ、研究者として「二足のわらじ」を名乗れるらしいです。魚の研究はフィールドに出て、つまり川で行い、対するハリガネムシのそれは、研究室で行う細かい実験も含まれる。このバランスも気に入っており、「どちらも楽しいです」と。実際のところ、全部アウトドアだと体がもたないとほがらかに語る佐藤先生は、大変親しみやすいお人柄で、出会いが夏の盛りの山だったことも手伝ってか、第一印象から、失礼ながら、大学の先生というより夏休みの大きな子ども的な……。

ハリガネムシ研究のきっかけは、もともとの研究対象であったサケ科の魚でした。ベースとする京大の研究林の近くを流れる川で観察を続けていると、お盆過ぎには魚という魚がみんな、水に浮くカマドウマを餌にしている。カマドウマは陸の…あの、ピョンピョン跳ねる、あまり見たくはない、大きなコオロギみたいな昆虫で、それが続々と謎の入水を遂げるものだから、8月から10月にかけては一帯のサケ科の魚の栄養の実に9割以上がカマドウマ。このカマドウマに寄生して入水したらしめる者こそがハリガネムシだった、という顛末です。登場する虫がコワすぎて、あまり詳しくお聞きするのも気が進みませんが、仕事なのでお聞きしました。当の佐藤先生も「いや、どっちも気持ち悪いですよね。僕もいまだに好きではないですね」とおっしゃるのでやや気が楽に。佐藤先生も当初、ハリガネムシはカマキリに寄生する「気持ちの悪いヤツ」くらいの認識だったそうです。カマドウマとの関係は知らず、なぜこれほど夥しい数のカマドウマが川に浮かぶにいたるのか不思議でした。

カマドウマとそれに寄生するハリガネムシ(撮影:壇上幸子 自然写真家)

渓流を起点とした
ハリガネムシの冒険に
感動!

水生の生き物であるハリガネムシは幼生時、まずは、やはり水の中にいる、羽化する前の羽虫に食べられます。羽化して水から飛び出した虫を、今度は山にうじゃうじゃいるというカマドウマが捕食。その体内で、宿主を生かしながら成長し、川に戻る日を待つハリガネムシ。満を持して、ある日宿主のカマドウマを操って入水させるや、ニョロ〜っと出ているという…。興味を持った方は佐藤先生の記事を検索してください。ほんと、SFスペクタクルです。すごい戦略を持つ生き物がいるものだと感心するも、寄生者そのものは、自然界ではむしろありふれた存在だそうです。人間界にもいますね、はい。それはさておき、佐藤先生、こうしてハリガネムシが川に帰ってくることで、入水したカマドウマが魚の栄養源になる、渓流を起点としたサイクルを発見したときは感動したそうです。

これはすごい!とドキドキしながら最初に書いた、ハリガネムシをめぐるつながりに関する論文は、国際的に権威ある科学雑誌の編集者に、「あなたが目撃したことはわかったが、論文として証拠に乏しい」と、あっけなく、冷静にダメ出しされ、「この野郎!」となりました。振り返れば、「確かに、感想文以上、論文未満だった」。奮起して、次の一年は裏取りに「めちゃくちゃ頑張った」佐藤先生、改めて発表に至った論文は大きな反響を呼びました。

ハリガネムシがつなぐ森と川の生態系

生物、特にずっと好きだったサケ科の魚と、その環境を保全したいというモチベーションで研究者になり、「いろんな生き物が、ときに意外なパターンで関わり合っていることを知れば、生態系に対するあたらしい視点を持つことができる」と、いまはより強く感じているといいます。生態系に対するあたらしい視点──。生態系といったとき、頭に浮かぶのはあの、いつか学んだピラミッド。あの図が示す関係性と、すべての生き物の命はつながっているという理屈は知ってるつもりでいたけれど、実際に織りなされる生態系は、はるかに複雑で多様なのだと、佐藤先生はハリガネムシの生態を明らかにすることをもってして、その一端を見せてくれました。

ハリガネムシの役割を
北海道から沖縄まで、
地域別に見るのも
面白いですよ。

これからも
生態系のつながりを
テーマに。
そして現在の夢は・・・

2020年から足かけ2年、田中三次郎商店の田中社長も参画した、ヒキガエルの、ドローンを使った調査がしたいと言い出したのは佐藤先生。同様の調査を北海道にてウチダザリガニで行なった、三重大学大学院の金岩稔准教授に、「いまは空からの時代だ」と聞かされ、自分も「めっちゃやりたくなった」のが純粋な動機と認めていらっしゃる。が同時に、ハリガネムシで見られた、つながりのパターンの意外性が、ヒキガエルにおいてもなにかあるだろうという研究者としての探究心があったのも、偽らざる事実だと思われます。

少年時代の夢には破れたものの、佐藤先生、いまが楽しく、満足しています。研究自体はもとより、取れるとも限らない研究費に挑むところも、論文にする作業も、プロセスを含めていまの仕事が好きなのだと。向上させたいのは「作文力」。ほとんどの論文が英語でなくてはならないのもハードルが高い。つい先日、海外からの取材をオンラインで受けたときも、「生き物好きの小学3年生くらいのことしか言えなかった」と、悔しがる佐藤先生でした。将来のことを尋ねると、定年したら絵本が描きたいと、それはそれは素敵なことをおっしゃいます。ご自分の研究をもとにした、「小さい子が自然界のつながりを感じられるような絵本」。その印税でベンツのゲレンデワゴンに乗るのが現在の夢なのだそうです。

ヒキガエル調査での、
僕の大事な出番!

ドローンに取り付けたアンテナが折れたりしないよう、
着陸時に補助する木の枝、名づけて「便利棒」by佐藤先生

取材を終えて

大阪人。おもしろおかしくお話しくださるので、この記事もやや悪ノリした感があるかもしれませんが、佐藤先生はきっと、対象年齢:全てでいい先生だと思います。教わるのが小学生なら生き物に興味を持つに違いないし、大学生なら研究者を志すかもしれません。おもしろいだけでなく、あたたかく、心遣いのある方です。山で拾った棒を手にほっかむりで歩く姿を見れば、誰もが好きにならずにはいられません。「成長した、心やさしきジャイアン」といった風情です。最後の、絵本〜ゲレンデワゴンのくだりでは、「いくつかの職業に共通しますが、研究者からはお金のにおいがしてはいけないという風潮は疑問。俗物であっていいと思うし、そこは世の中の認識を変えたいですね」と、実は信念も語られていたことを補足しておきます。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)