株式会社 田中三次郎商店

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特集⑩

ドローンでヒキガエルを追跡。
山での調査の形を変えうる、
画期的な方法を探って

真夏の山中でドローンを飛ばし、2ヶ月前に放ったヒキガエルを捜索する3人。動機は大真面目、作業は地道、表情は楽しげです。お馴染みのようで生態がつまびらかにされていない生き物は多いもので、ヒキガエルもだそう。山でどこをどれくらい移動するのかすら、従来の方法で調査するのは困難でした。自然界の生き物にとって良い環境を考えるとき、まずはどのような条件下なら棲み良いのかを知る必要があります。田中三次郎商店は、研究者をサポートするため、これまで海で、川で、ドローンを用いた生き物追跡調査に取り組んできました。山に生息する両生類にも応用できれば画期的ではないかと考え、今回、田中社長に声を掛けたのは神戸大の佐藤拓哉准教授。難易度MAX、次々立ちはだかる壁に共に挑んだのは博士課程に学ぶ若き研究者の倭千晶さんです。試行錯誤は実ったのでしょうか。

ここはみんなの
お気に入りスポットだよ。

登場人物:
  • 神戸大学大学院 理学研究科准教授
    佐藤拓哉さん
  • 京都大学大学院 情報学研究科
    社会情報学専攻 博士後期課程1年 倭(やまと)千晶さん
  • 田中三次郎商店 田中智一朗社長

ヒキガエルの専門家は
いないチームで
ヒキガエルを追う

専門は渓流魚と、寄生虫のハリガネムシ。気鋭の研究者にして生粋の大阪人よろしく冗談も冴えわたる佐藤先生が、今回のプロジェクトの言い出しっぺです。舞台は京都大学フィールド科学教育研究センター 森林ステーション 和歌山研究林。ツキノワグマやカモシカもいるとみられる、人工林と天然林との広大なフィールド。長くここを研究の拠点にしていた佐藤先生がコーディネートを担い、ドローンでの追跡調査の経験から得てきたノウハウを注ぐ田中社長と、最初は弟子として吸収しながら、次第に田中社長の片腕以上の力をつけた倭さんの二人が、主たる実動部隊となりました。

倭さんが本来研究対象とするのは海に生きるジュゴンですが、ドローンでの調査にもカエルの行方にも興味があったとのことで、立候補してメンバー入り。ジュゴン研究におけるフィールドはタイであるため、コロナ禍で渡航困難な間、ドローンに関わる技術を習得しながら、ヒキガエル調査で論文を書くことに。彼女のやる気と抜群の吸収の良さが原動力となり、佐藤先生も田中社長も「二人だったら数日で投げ出していたかもしれない」と口をそろえるプロジェクトが前進していったのでした。

やり方は、極寒の北海道でウチダザリガニを追跡した回と同様、ヒキガエルに取り付けたタグが発信機となり、上空のドローンが受信したデータでおおよその位置を特定するというものです。冬眠中のウチダザリガニの捜索では、2メートル近くも土を掘る大変さがありましたが、今度は山で、場所による高低差が大きく追跡範囲も広いため、ドローンの飛行コースの調整からして大変です。電波の受信の上ではなるだけ低空を飛ばしたいところ、しかし、ドローンは木に引っ掛かればひとたまりもありません(実際、衝撃の墜落アクシデントも経験!)。的確な飛行コースを決めるにはまず精度の高い三次元の地図が必要で、この作成が最初の大仕事です。それを踏まえて予め飛行コースをプログラミングすれば、離着陸以外はタブレットでのモニタリングに徹することができます。が、一年がかりで準備をしてきた倭さんと田中社長曰く「トラブルのない日がない」。私が聞かされたころには、その口調も、どこか達観を含むようなものになっていました。

墜落して破損したドローンを発見したときの倭さん。
「田中社長社長を励まそうと」明るく振る舞ったらしく笑顔。
この機も修理に出して再び空に。

手探りづくし、
試行錯誤づくし

生き物の調査には、佐藤先生はもちろんのこと、それぞれに知見を有する3人ではありますが、このプロジェクト、最初から手探りでした。当初佐藤先生の頭には、ここ、和歌山研究林が位置する地域に生息するオオダイガハラサンショウウオの存在がありました。先生によると、「5月の連休あたりの産卵期に数日しか姿を見ることのできず、その生態は謎中の謎」という貴重な固有種です。このような両生類の山での暮らしを知るあらたな手法の確立に向けて…と考えて、手始めに、個体数の多さから、イモリを経てヒキガエルにその対象をしぼったのだそうです。「(ヒキガエルにとって良い環境とは思えない)人工林にもたくさんいる。順応してるのか、天然林と行き来してるのか」などの不思議を解明する手がかりにしたい思いもありました。

ドローンを操る倭さんと田中社長。
佐藤先生の役割は、着陸時、取り付けたアンテナが折れたりしないよう、
“厳選した木の枝”で補助する作業。

こうした調査では通常、発信機となる、指に乗るほどの小さなタグを生き物の腹の皮膚から埋め込み縫合して放ちます。最初はこの方法を採るも、腹部と地面との距離が近すぎる(というか接する)ため、事前に行ったテストでは、擦れとみられる原因でタグが脱落すること数回。ここで彗星のように現れた倭さんが、カエルの背にタグを固定させる方法を考案。アウトドアウエアなどに用いられる防水・透湿に優れた素材を使い、カエルに負荷の少ない取り付けを探って実現させました。

無事に取り付けが完了しても、相手は山に住む小さな生き物で、岩の下や土にもぐりもします。ドローンに搭載した受信機で、電波を受信できるのか定かではありませんでした。電波を受信したエリアに、足での捜索アイテム・八木アンテナを手にして、勇んで行けば、発見したのは骨になったカエルとチップがぽつん、ということもありました。受信自体が可能とわかって喜んでも、ドローンの高度や速度、アンテナの角度を変えて受信の有無を検証し、確度を高める試みは、永遠に続くかのようでした。1ヶ月に一度の現地入りで滞在は一週間、それを数ヶ月。トラブルは毎日もれなく起こり、試行錯誤の数たるや。大幅に割愛しますが、幾多のそれがあったことはお伝えしておきます。幸い、このような局面ではありがちな、メンバーの仲違いは皆無で、不可解なほど笑顔のお三方でした。個別にお話ししたとき、「あの二人のやる気スイッチは誤作動してる。あんなに楽しそうにできるのはどう考えてもおかしい」と笑顔で語ったのは佐藤先生です。

やる気スイッチ
誤作動しとるわ。

カエルとの再会を果たし、
ミッション完了!

調査がクライマックスを迎える頃合いで、取材に伺いました。数日前より現地入りしていたお三方は、この日すでにドローンで、2ヶ月前に放った3匹のうち1匹の電波を確認しており、あとは山に入って、見つかったヒキガエルID63号を八木アンテナで追跡するところでした。ここで「ドローンで調査できたら画期的」と佐藤先生がおっしゃった理由を説明すると、従来は、生体にチップを埋め込み、(今回はドローンである程度の範囲を特定した上で使った)八木アンテナだけをたよりに足で捜索するか、生体に特殊な塗料をつけて放ち、剥がれ落ちた塗料をたよりに辿る、佐藤先生曰く「ヘンゼルとグレーテル方式」、糸をつけて放つ「糸巻き方式」のみというのだから確かに画期的です。山に入り63号の姿を目視でき、この追跡方法が有効であることが確かめられました。「いやぁ、よかった、よかった」と、すっかりいい気分で夕方山を降りた佐藤先生と倭さんは川で行水。というか、すいすい泳いでました。服のまま、ゆるやか〜な流れで水中でんぐりがえしをしたりなんかして、キラキラ光る水面に自由な魂を見たひと時でした。

「水温も最高ですね〜」
「そうですね〜」

研究林内の建物に、数ヶ月住み込みで研究に勤しんでいた時期もあったという佐藤先生、
夏は仕事終わりに「毎日泳いでた」。

翌日もドローンを飛ばします。このプロジェクトで出動するドローンは2機。バッテリーは約20分で切れるため、1機1回のフライトで確認できる範囲は200m×150m。繰り返し飛ばすことで広い範囲をカバーするのです。朝から「飛ばしまくります」と、穏やかな口調ながら常にやる気スイッチONの田中社長に淡々と同行し、手際よく機材をセット、筋のいい若手職人さながらの無駄のない動きを繰り出す倭さん。最初の離陸ポイントからの飛行を終え、「昨日1匹見つかっただけでラッキーだった。2匹目は無理でしょう」などと話していたら、次の離陸ポイントからの飛行でヒキガエルID62号を探知!結局、3匹中2匹の姿を確認できました(パチパチパチパチ!)。

同じ場所から放った62号と63号は大きく離れた場所で発見されました。雨の日以外はほとんど移動しないと見られているヒキガエル(実際、62号を発見した翌日、再び山中に見に行くと、前日からの移動距離は十数センチ?というところにじっとしていました)、今回の調査で、雨が降った4日間では水平距離700m、高低差250mの斜面を移動していたことが判明しました。調査方法の有効性と、成果を見ることができた佐藤先生、「次はもっと多く、10匹くらいで検証したい」と意欲を見せます。最大の課題を田中社長は、「いまのところ僕と倭さんしかできないところ」と、スゴイような身も蓋もないような。それでも、田中三次郎商店として、生き物の研究を通して自然環境の改善や持続可能な水産業に取り組む研究者を応援したい思いで始めたドローンでの調査です。本業にあらずで、「決まって聞かれるんだけど、これでうちは儲かるの?って、儲かるわけないじゃない」とのことですが、両生類の研究に大きな貢献をもたらす予感♡ですから、後進への伝授が待たれます。両生類に関しては非専門家のチームだったから、既成のやり方にこだわらずにやれたところもあったのかもしれませんね。愉快で素敵なチームでした。倭さんの論文と、それへの反応も楽しみですね。

62号、栄養状態も
良さそうです!

倭さんが自らチップを取り付け、2ヶ月前に放った個体、無事に発見!

※この研究をもとに倭さんが主となりまとめた論文は、2023年6月7日に国際学術誌への掲載を果たしました!京都大学プレスリリース

取材を終えて

本業との関わり浅からぬ、海洋や河川での魚などの調査ならいざ知らず、「爬虫類と両生類はあまり興味ない」と言いながら、「でも、結局山も、つながってますからね」と、自ら汗をかく田中社長。問題に直面するたび、一拍おいて、「おもしろいね」と口にするという、某研究者からの証言も取れており、プロジェクトの工程を「全部楽しかったです」と語る倭さん共々、やる気スイッチの誤作動は、確かにあるかもしれません。
余談ですが、久しぶりの本格的な山での取材に備え、ノースフェイスでセール中だったトレッキングシューズを購入して臨みました。私なりのやる気の証でしたが、足でカエル追跡の段になると、あっさり、「スパイクじゃなきゃ無理かな」と言われ、林業用の長靴をお借りする結果となりました。素人には険しい道でした。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)