株式会社 田中三次郎商店

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特集⑨

おいしい魚を口にできるまでの、
見えざる価値を伝えるため、
「ポップに水産広めたい!」

「ポップに水産広めたい!」との思いから、仕事のかたわら個人として、“魚会(うおかい)”なる集いを催してきた女性がいます。イルカ好きが高じて水産系の大学に進学し、イルカの餌になる魚について学ぶうち、生態系や、海と人との関わりについて考えたり、漁業関係者のカッコよさに惚れたり。これらを次第に「みんなにもっと知ってもらいたい」と思うようになったのだといいます。イワシと捕食者との関係の研究で博士号を取得した彼女、中束明佳さんは、研究中の10年間、調査のために年間1〜3ヶ月は船の上だったという、女性としては稀な経験の持ち主です。ビジネスを学び産業に関わりたいと、2015年に田中三次郎商店に入社。翌年から“魚会”を始めます。福岡では月例、東京やほかの地域でも開催し、おいしく食べて学べる集いとして、ファンを増やしてゆきました。

水産業の価値は、
まだまだ世の中に
伝わってません!

登場人物:
株式会社田中三次郎商店
中束明佳さん

水産・海洋の
魅力を伝える
パワフルウーマン現る!

とにかく行動力のある中束さん、学生時代は、アフリカやインドを旅しました。アマゾン(通販会社ではないほうです)に出かけたことも。イルカをはじめとする海洋生物が大好きだった中束さんですが、現地の人々に心打たれ、自分は人も好きなんだと再認識したそうです。海洋生物の研究を深める道ではなく、水産という産業に進んだのは、より人と関わっていたいから。海に囲まれた日本、日本人と食べ物としての魚の関わりは強く、長い。けれどいまは、海の環境の変化などで魚が以前ほど獲れず、食卓では調理の手間や嗜好の変化で魚離れが進み、よって漁業関係も経済的に成り立ちづらい、という状況にあります。

「漁業はいわゆるきれいな仕事ではないですよね。ドロドロで、匂うし、キツいです。だけどとっても魅力的なんです。漁師さんってほんとカッコいいんですよ!混じりっけなしの自然の恵みである魚の価値、ひいてはそれを支える人たちの価値を知ってもらいたい。さらにはもっとビジネスとして成り立つようにしたい」その思いを胸に持ち続けてきた中束さんは、将来を見据えてビジネスを学ぶため、田中三次郎商店に入社。養殖用の資材、生物につける発信機の販売を行う営業担当として勤務します。加えて持ち前の行動力で、できることから手をつけようとスタートしたのが魚会(うおかい)でした。「場所づくりをすれば、きっとみんな食べてくれる。食べたことのない魚と出会ったり、おいしいお魚が食べられる背景としての、水産業や、産地、自然環境にも目を向けてもらえるかも」そんなことを期待して始めました。質を重視した会費は、5,000円から7,000円と、決して安いとはいえません。当初「10人くらい来てくれればいいな」と思っていたら、これが想像を超える盛況ぶりだったのです。手応えは、あり!

写真では伝えきれないバイタリティの持ち主!
水産・海洋への思いを、次々とあふれるように言葉にする中束さん。

「魚会」で、
すそ野を広げる

魚会は基本、毎回異なるテーマ(魚種)と会場を決め、都度オリジナルでつくってもらうメニューを、ワイワイ食してもらう集いです。テーマは、「旬のアジを堪能しよう」「エビ尽くしを愉しもう」などという具合。ときには漁師さんや生産者さんなどをお招きして、産地や漁法など、その魚にまつわる、知られざる背景も学びます。ただし学習会のようにはせず、とりたてて魚や水産業に知識がなくても興味を持ってもらえるよう、あくまでゆるく、楽しく、その中でなにかが残るように心がけたそうです。「ポップに」魚を広めるのが中束さんの目指すところですから。

繰り返しますが、中束さんは行動力の人!会場となるお店探しは、単身、足でおこなうそうです。お刺身と、調理した魚を注文。「リサーチのたびに盛大に食べてたらお金が続かないので2、3品だけ。おまけに、(素材の良さを見極めるため)お刺身に醤油をつけずに食べたりするから、ふつうのお客さんでないことはバレやすいですね。味見してピンときて、その場で交渉するときもあります」。

魚会では、豪快な魚料理ではなく、「こんな食べ方もあるんだ♡」と
思わせるようなメニューを供するところが特に女性に人気なのだそうです。

さて、開催当初赤字になってもめげずに続けてきた魚会、幅広い層の参加者を得て、多いときには定員50名があっという間にいっぱいになる人気を獲得しました。その魚会、お膝元の福岡での定例開催は、2018年の2月をもって、惜しまれつつ終了となることに。理由は中束さんのご結婚に伴う愛知県への転居です!「福岡でもやれるときには!」と今後への意欲を見せる中束さんの、福岡会場“一応の”ラスト魚会も、大入り満員で迎えました。参加されている方にお聞きすると、なんと「20回中19回来てる」というリピーターさんもいらっしゃる!

魚会を通して、飲食店の事情にも触れ勉強になりました。

福岡での定例会、
惜しまれながらの
フィナーレ!

ラストにして第20回となったこの日の魚会のテーマは、「鹿児島県長島町より直送のお魚尽くし」です。主役はタチウオとシマアジ。福岡市内のIZAKAYA芥さんは、第5回のときの会場でもあり、人気の高かったお店です。シェフ考案の、「太刀魚のパンナコッタ」「縞鰺刺 大葉ソース」「太刀魚みぞれラーメン アオサの香」など独創的な料理が供され、みなさんきれいにお皿を空にしてゆきました。

同じテーブルで楽しそうにお話し中の参加者、村上智子さん、井料洋美さんに魚会について尋ねると、「1ヶ月に一度のお楽しみでした。お魚はもともと好きでしたが、こんなに意識したことはありませんでした。いつも特別メニューで、珍しいお魚もいただけて、学びもあり、とても魅力的な会でした」「番外編で水族館に行ったのも楽しかった。獣医さんの解説つきで普段聞けないお話をお聞きできた。養殖の現場を見せてもらったことも印象に残っています」などなど、思い出がいっぱい。そして、「こんなに素敵な会を準備できるのは、中束さんの魅力、水産関係などでのネットワークの広さによるところが大きいですよね」と口をそろえるのでした。

おめでたい理由で幕を閉じることになった福岡での魚会、中束さんによる締めの挨拶には、あたたかな拍手が送られました。おひとりで参加され、この集いの中でお友だちができた方も少なくありません。魚がつなげたご縁なのか、中束さんがつなげたご縁なのか、どちらにしても素晴らしい。ゼロから始めてこれだけのファンを集められるのですから、中束さんの「ポップに水産広めたい!」との思いは通じ、これからの可能性も大いに感じられます。そんな中束さん、「魚会だから出会い、つながれた人も多いんです。住む場所も生活も変わりますが、名古屋を中心に今後も開催してゆきたいです!」と、最後までパワフルでした!

結婚相手も水産加工業♡今後も魚との縁は続きます!

すっかり「お馴染みの顔ぶれ」も多かった福岡。
きっとまた開催されることでしょう。

取材を終えて

アプローチはさまざまあれど、どんなことも結局、行動に移せるかどうかだと思うのです。やらなければ失敗もしませんが、なにかを変えることも、そこから学ぶこともできません。慎重な準備や計画で動けなくなるよりは、やりながら考え、柔軟に軌道修正すればいいですよね。中束さんはこれからも、そうやってなにかを変えてゆきそうな方です。転居に伴い、田中三次郎商店の多様性を代表する人材でもある彼女が去るのはさみしいですが、次の地であらたな旋風となるのが楽しみですね。「水産業界を元気にしたい」という曇りのないモチベーションは、良き仲間を呼び、変化を起こす一歩となるに違いありません。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)