SPECIAL
特集⑧
打倒外来種・ウチダザリガニ!
真冬の北海道での大作戦と、
チームの知られざる素顔
(後編)
本来そこに生息しないはずの動植物で、在来種を駆逐するなどして繁殖し、生態系の脅威となる外来種。日本で問題となっている代表的な外来種には、アライグマやカミツキガメ、ブラックバスなどが挙げられます。今回取り上げる「ウチダザリガニ」もそのひとつ。在来種のニホンザリガニには勝ち目がない大きさと攻撃力で、環境適応能力にもすぐれるといいます。日本に生息するもう一種、やはり外来種のアメリカザリガニと同じく、昭和のはじめころ北米から持ち込まれて以来、勢力を拡大中。侵略的外来種とも呼ばれ、まるでバルタン星人のよう。もとはといえば人間の都合で遠い国から連れて来られたのですが、一度居ついたものを人間の手で駆除するのは至難の技です。またまたの特大号、前編では、ウチダザリガニと対峙する取り組みをリードしてきた三重大学の金岩准教授と仲間たちによる極寒の北海道での大作戦、後編は個性派研究者、金岩先生の人となりをお届けします。
後編
「気づけば意に反して
国際派。
恩返しのつもりで、
どんな仕事も
受けてたら・・・」
(前編はこちら)
金岩先生と、
ウチダザリガニをめぐる
人々
現在は、自身もかつて大学生活を送った三重大学に籍を置き、生物の持続可能なあり方についての理論研究を専門とする金岩先生は、2016年までの10年あまり、東京農大オホーツクキャンパスのアクアバイオ学科で教鞭をとっていました。この東京農大卒業生の町田善康さん(現美幌博物館・学芸員)と金岩先生が当時大学で指導していた菅野貴久さん(現一般財団法人自然環境研究センター・研究員)がウチダザリガニを研究の対象とし、金岩先生自身も数年にわたって、この外来種のザリガニにかかわることになりました。この活動のおもしろいところは、「大きな予算がとれたから、などということではなく、興味のある有志がわらわらと集まってきてやっているところ」だそうです。確かに、今回の大作戦(前編参照)でも、菅野さんは休みをとって東京から駆けつけたほど。
菅野さんも町田さんも、「生き物大好き。お魚大好き」で、聞けばおふたりとも「高嶺の花より、親しみのわく近所の子」がお好みだということで、だから、大海のマグロや清流のマスではなくザリガニに興味を持ったそうです(ちなみに興味の対象はザリガニのみではないそうです)。一方、恩師にあたる金岩先生はというと、カジキにサメにクロマグロに、ウミガメ、海鳥の資源評価に携わり中。それらの日本における状況などをデータとともに国際会議で発表しているということで、こちらは「近所の子」でもなさそうです。
生き物と
コンピューターが好き。
英語は
ありえないほど苦手
そうか、金岩先生は国際派か。と、思わせますが、学生のころから「ありえないくらい」英語が苦手で、外国なんか絶対出ない!と心に決めていたそうです。金岩先生が大学の先生を志したのは中学生のころ。近しい親戚に京大で昆虫の研究をしている方がいて、その方はいつしか、昆虫好きの金岩少年のロールモデルとなっていました。理数系が得意なことに加えて、小学生の時分からお父さんのパソコンをいじりはじめ夢中になり、進路を選択するときは工学部の情報系か、いまのような生物系か大いに迷った金岩先生。「生物系でコンピューターに強い人は多くないんですよ。強みになるから、こっちにしました」とのことで、若いころから将来の戦略的選択をされた先生に関心しました!
ところが金岩先生、博士号取得後、博士研究員として、思いがけずアメリカで3年過ごす大ピンチに。「とにかく苦手すぎたので、英語だけは使わないポストに就こうと自らに誓っていました。それなのにどうした縁か、メイン州の大学行きが決まり、もう、めちゃくちゃ苦労しました。最初の3ヶ月はとにかく無口。そのあとも四苦八苦です。3年もいたのに、英語はいまでも苦手ですよ」なんておっしゃいます。国際会議が多く、長いときには1年のうち2ヶ月くらいは海外だというのですから、その実まんざらでもないのでは…なんてお聞きしながら思わなくもないですけれど、そうではないそうです。
「大学の先生になれたなら、逆立ちしても無理!ということではない限り、どんな依頼もすべて受けようと決めていたんです。大学も5年がかりで卒業したような僕が希望通りこの職業に就けたのは、幸運が重なったにほかなりません。明らかに、周りの人に助けられてのことなんです。その恩をなにかの形で返さなくてはいけないと、ずっと思ってました。幸い、忙しいのは苦にならないタイプだったので、ひたすらお受けしていた結果、このような流れに…」と。そんな思いでいらしたのですね。でも最近は、カラダひとつでは足りなくなってきたので、全部は無理になってきたそうです。
データは
自分の手で取るのが
基本。
だから
フィールド派でもある
研究者としての金岩先生のテーマは、生き物と人間や環境との共存。少なくなっている在来種ならいかにして守るか、外来種ならどのように退場願うか。金岩先生の特徴は、理論研究を専門にしながら、頻繁にフィールドに出ることだといいます。理由は、「自分の手を動かしてデータを取ったほうが間違いがないから」と明快。実感できることも大事と考えていらっしゃる。だから指導する学生には、「自分の研究対象が食べられるものならば、可能なかぎり食べてみよ」なんてことも言っているそうです。「水産の資源学者には、漁業の現場を見たこともない人がけっこういるんです。これは水産に限りませんけど、それってどうなの?って思います」ですって。納得です。
金岩先生率いるチームは、もちろんウチダザリガニを食べたことがあります。もともと食味の良さから食料にすべく輸入しただけあって、塩茹でにするとおいしく、チャーハンなどの具にもぴったりなのだと金岩先生。そんなにおいしいなら、みんなで食べて減らすのがいいのでは?と、思いますよね。食べる試みを行った地域もあったのだそうです。が、食用としての需要がうまく出てきて採り続けると、個体が小さくなって食べるに適さなくなり、結果、それらの生存・繁殖を許してしまうため、食べることで絶滅まで漕ぎつけるのは無理だという結論に至ったとのことです。
次は鮎?
「地元に資する研究を」
金岩先生たちが関与していたエリアでも、高校生の環境学習の一環にするなどして毎年1万匹くらいのウチダザリガニを駆除したそうですが、全体の数は減ってゆかず、どうやらこのザリガニ、人海戦術は通用しない相手です。別の種の駆除対象で功を奏した例を応用し、人工合成の性フェロモンで誘引して捕獲するフェロモントラップを利用するなど別の方法で、これからもまだ試行錯誤が必要である模様です。というわけで、作戦はto be continued…ですね。
さて、金岩先生は水産分野で活躍中につき、「魚に詳しいと思われがちですが、実は種類の見分けすらあまりつかない。一般的な意味では、ぜんぜん詳しいほうではありません。特定の魚や水生生物にハマっている研究者は多いですけれど、僕はまったくそうではありませんね」と気負いがありません。現在の拠点、三重において、次なる研究対象として考えているもののひとつは鮎だそうです。モチベーションどこにあるのでしょう。聞けば「地元に資する研究をやりたいです。地元の人のハッピーにつながるようなのがいいですね」と。お忙しい金岩先生、抱えきれないほどの依頼がくるのは、お人柄のせいなのでしょうね。
個人的には、実はいまも魚より昆虫が好きです(笑)。
取材を終えて
写真でわかるように、みんな楽しそうでした。冬の北海道で、川の中で、大人が二日がかりでザリガニ探索。正直、知らない人から見れば「物好き」だと思います(笑)。延々、地味な作業です。一般には、たとえ時給をはずまれても、気の進まない仕事ではないでしょうか。それをワイワイ楽しげにやる人たちの姿は、ほとんど感動的に清々しかったです。生き物好きのみなさんは、彼ら自身がもはや絶滅危惧種(?)の、「少年のような目」をした大人。いいもの見させていただきました!ただ、金岩先生によると「フィールド調査はいつもトライアル&エラー」。今回ほどうまくゆくのは珍しいのだとか。そうですよね、笑顔の陰には、笑えない日々の見えない努力が、きっと何倍もあるのですよね。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)
「国際派」なんて名乗ってません!とにかく僕は、英語がダメ!