株式会社 田中三次郎商店

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特集⑥

ニッポンの、川で遊ぼう!
サケ科の研究者による、
河川への関心を取り戻すための試み
(後編)

現代の日本人と川との接点は、河原で花火大会か、バーベキューか。もっと機会を増やし、距離を縮めたい。そう願う淡水魚の研究者は少なくないようです。というのも、そこに棲む魚を保全するには、広く河川に目を向けてもらうことが不可欠だからです。「河川の環境を守りましょう」の啓発スローガンのみでは期待薄。より多くの人たちが、川を体験として取り入れることでしか、前進は見込めないのではないか。かくしてサケ科魚類研究における日本の第一人者、宮城教育大学理科教育講座 棟方有宗准教授は、サケ・マスの生態を調査・研究するにとどまらず、それらの魚のすみかである河川の観光資源化を探っています。今回は特大号!前編で棟方先生のお話、後編では、棟方先生と行く、おそらく日本初であろうスタイルの!北上川下りをお届けします。

後編
「川からの景色、
見たことありますか?」

前編はこちら

行き交う人のいない、渋滞しらずの川を行く!

登場人物:
宮城教育大学理科教育講座准教授
棟方有宗さん(中央)
田中三次郎商店
田中智一朗(左)
ほか乗組員2名

巨大なサーフボードで、
北上川下り!

道楽のようにも見えますが、本気です。それは6月初旬の、東北岩手はまだ肌寒い時期。3日間の日程で、北上川を下ります。盛岡近くから、宮沢賢治ゆかりのイギリス海岸を通り、宮城県寄りの水沢江刺付近までの旅。乗船?したのはMONSTER SUP(モンスターサップ)と呼ばれる、複数人が立ちスタイルで漕ぐ、大きな大きなサーフボードです。一行は4人。うち2名はアウトドア上級者で、共に高知県の川で予行演習済みという棟方先生と田中三次郎商店社長。田中社長はかつてカヌーのインストラクターの育成にも携わっていたという、漕ぐことにかけては実はプロ級です。

残り2名はアウトドア入門者!早稲田大学法学部3年、彼女の笑顔がMONSTER SUPのエンジン?スタバでバイト中のともちゃんと、漕げるのはスワンボートくらいの私、みつばち社小林です。川と縁が浅いふたりは、これはレジャーとしてどうなのか検証するための、素人モニター役でもあります。

北上川を選んだことにも理由があります。北上川は、河口から最初のダムまでの距離が非常に長く、また、川港がいまも残る珍しい河川なのです。明治時代に鉄道が開通するまでは主要な交通路だったこの川は、実際に下ってみると川幅が広く、流れは実に穏やか。ベンチを取り付けて快適仕様にしたMONSTER SUPでは、今回の棟方先生と田中社長のように信頼できる船頭さんさえついていれば、船上でゆったり読書できるほど。

降って止んで、ときどき晴れて。雨宿りなしの川の上。

乗り心地はさながら
觔斗雲(きんとうん)。
目でも耳でも癒される…。

その乗り心地は、ちょっと体験した人にでないとわからないものでした。というのも、こんな縁(へり)のない、平らなボートなんてふつうはありません。まるで木の葉のようで、棟方先生が「カヌーともぜんぜん違う。一番近いのは觔斗雲(きんとうん)ではなかろうか」と表現する不思議な浮遊感。そう、孫悟空が乗る、あの雲です。これがどうして、意外なほど安定感もあります。当然ながら視界は抜群、川の透明度によっては泳ぐ魚をのぞき見ることもできます。

さっさと感想をまとめにかかるわけではありませんが、その開けた視界に入る川面と、川べりの新緑、大きな空を飛び交うツバメたち。天気こそ降ったり止んだりでしたが、川面に叩きつける雨の様子まで、幻想的で見る価値があるものに思えてきます(冷たい雨はそれなりに過酷ではありましたが…)。4人の中に野鳥の会はおらず、ツバメとトンビ、カモ以外の鳥は種類を認識できませんでしたけど、野鳥も相当いたことは確かです!楽園並みというと言いすぎでしょうか、とにかくいろんな鳥の歌声と姿が。双眼鏡でバードウォッチング、一眼レフで野鳥の撮影にも良さそうです。

とにかく川の真ん中で、この浮遊感とパノラマ景色、野鳥のBGMは癒し度マックス。3日間でゆったり約80キロ、退屈することはまったくありませんでした。子どもはもちろん大人でも、私のようにふだんはインドア志向のみなさんにも、素晴らしい体験になると思います。

MONSTER SUP上では、もちろん釣りもできます
(調査のために釣り糸を下げた棟方先生、この度は空振りでした)。

実は当初「いかだ下り」と聞いていました。いかだ下りと言われても、トムソーヤの冒険が浮かぶのみ。それって、いつ、どこで、誰が、なにを、なぜ、どうやって?と中学生以来の“5W1H”発動です。実際、一度はあの丸太のいかだを検討したものの、運搬して組み立てるだけで大変な労力と時間が必要だと思いとどまり、このMONSTER SUPを採用することにしたのだそうです。だってまず、持ち運び可能で、1時間あれば膨らませるのです。本来海用のそれをいかだ代わりにするのは、本当にナイスアイデアだと思います(注:MONSTER SUPのメーカーの、回し者ではありません)。

通常は海のレジャーに使われる、超大型のSUP(スタンドアップパドルボード)なのです。

日本の川の可能性を、
楽しみながら、
あきらめない!

新しいレジャーに活用するなら、課題は「船頭」でしょうか。いくら安定性の高いMONSTER SUPとはいえ、川の流れ、障害物に対応しながら安全に下るのは、未経験者のみでは無理です。逆にそこをクリアでき、漕ぐのは体験程度の乗客となれるのであれば、子どもたちにも最高の体験になるはずです。川の素晴らしさ、楽しさを身をもって知ることを、河川の環境保全の入り口とする。それは確かに、教室内で行われる環境教育や、啓発によって良心に訴えかけることより効果がありそう。河川への国民的な関心を高めるという壮大な目標に対して、このような手法のみに糸口があるわけではもちろんありません。「でも、とにかくやってみよう」の手はじめが、今回の試みなのです。

行きすぎた護岸工事で、本来の姿から変わってしまったところが多いとはいえ、「生き物の多様性ひとつとっても、日本の河川は世界に誇れる素晴らしい資源」そう語る棟方先生、今後このMONSTER SUPを活用して、特に子どもたちに対する体験の提供の機会を増やしたいとのこと。また、コラボ大好き田中三次郎商店では、活用のアイデア、「うちはこんなことできるので一緒に…」などのお声がけも大歓迎!地方にいますぐある資源を活用した、地域活性の取り組みへの可能性も秘めているかもしれませんよ。ピンときた方、ぜひご連絡を。

海外も経験しましたが、日本の川は最高です。

観光や自然体験の切り口で、より多くの人が川に訪れる機会を増やすこと。
まずはとにかくやってみよう!

取材を終えて

海が好きです。湖もいいですね。でも、川ってどうですか?山と海をつなぐ川ですが、「海山大好き!」という人にも、もしかするとちょっと縁遠い存在かもしれません。ましてやインドア派の私は、仕事で地方に赴けば、「きれいな川っていいなぁ」と眺めてしみじみ思うことこそあれど、接点はそうそうなく。ですからこの度は相当な体験でした。棟方先生の、サケ科のお話だって、前日にカフェでお聞きしたのと、水上でお聞きしたのとでは入ってき方が違います。奇跡のように美しいフォームで、次々と川面を飛んでゆくツバメの姿を目前にして、川も生きているのだと、少々深淵な世界に触れたような気持ちになりました。体験に勝るものはないのは、確かだと思います。(取材・文:みつばち社小林奈穂子)